ライティングワイズの丸いロゴは月と白鷺から形成されています。一見したところ、白鷺は、翻訳実務と関係性が薄い鳥のように思えます。しかし日英翻訳を行うにあたって、日英翻訳の難しさを象徴的に表しているシンボリックと言える鳥です。
雪のような白い羽を持つ白鷺は古から日本で愛されてきて、数多くの芸術や文芸のインスピレーションとして存在してきました。日本で、鷺といえば白鷺という程、サギ科の中で最も親しまれている鳥だと言えます。英語圏でも白鷺は特別な鳥ですが、日本とは異なり、「白鷺」と「それ以外の鷺」を明確に示す言葉が存在します。
参考の為、次の表で日本語と英語のサギ科の種名を紹介します。
サギ科の種名(一般名称)
日本語 | 英語 |
青鷺(アオサギ) | grey heron |
五位鷺(ゴイサギ) | night heron |
小鷺(コサギ) | little egret |
大鷺(ダイサギ) | great egret |
大青鷺(オオアオサギ) | great blue heron |
上記の通り、全ての日本語の名称に「鷺」が付いています。それに対して、英語の場合、名称は鳥の色によって異なります。白いサギ科の種名に「egret」(イーグレト)が付いており、それ以外の種名に「heron」(ヘロン)が付いています。このように、英語ネイティブの感覚で「イーグレト」は白鷺を示す言葉であり、「ヘロン」はそれ以外の鷺を示す言葉です。ほとんどのアメリカ人は「ヘロン」と聞くと青鷺または大青鷺を想像します。その為、イーグレトという長い脚で水辺を歩く白鳥は、同じサギ科であることさえ認識していない人が多く、状況が日本とは異なります。
端的に言えば、日本語ネイティヴは「鷺」と聞くと白鷺を想像する可能性が高いのに対して、一般的なアメリカ人はヘロンと聞くとイーグレトを想像する可能性が大変低いです。
この二言語間で生じる厄介な差と乖離を表す実例として、次の諺の英訳をご紹介します。
闇夜に烏、雪に鷺
意味:見分けがつかないため、見つけることが難しい。
上記の諺において、鳥の色の対比は、諺の意味の根幹を成すため、鷺の訳としてヘロンを用いると英語圏の読者は青鷺や大青鷺を想像します。そして「鷺」と「雪」の共通点を瞬時には把握しないため、本来の意味が伝わりません。しかし、文脈に合わせてイーグレトに変更すると、一瞬で意味が伝わります(「like a crow at night or an egret in snow」。また、日本美術や伝統舞踊と関連する解説で「白鷺」が頻出し、類似した問題が生じます。
英語の「イーグレト」と同じように「白鷺」は正式な種名ではなく、白いサギ科の総称として使われています。1この理由の為、「egret」は最も自然な訳ですが「white heron」(ホワイト・ヘロン)という直訳も至る所に散見されます。科学的な観点から言うと、ホワイト・ヘロンは間違っていないかもしれません。しかし、一般的な読者を対象とする場合は、もう少し注意が必要です。綿密なリサーチを行ない、正確性を保持しないと、一般的な対象読者は誤読してしまいます。ここにおいて、異文化圏・社会的背景といった要素を考慮して、緻密に翻訳家が調べるか—という大切なプロセスの価値があります。
なぜなら、読者は自分の既存知識を基礎にして読むので、自分が既に知っているイーグレトと違う鳥だと誤解する可能性が懸念されます。2このような誤読・誤りを避けるために、翻訳家は原文執筆者の意図と、翻訳版を読む対象読者の社会文化及び言語学的文脈の差異から生じる理解の相違に対し、細心の注意を払います。
つまり、よく誤解されていますが、上記の例が示すように翻訳は単なる言葉から言葉への交換ではありません。特定の文化固有の言語から別の文化固有の言語へ、正確な情報や知識が伝わるよう、広義の意味の文脈を常に考慮し、書き換えるクリエイティヴかつ綿密なリサーチを要する作業です。
白鷺をロゴに採用した理由は、このコンセプトと共に自然で美しい翻訳を生み出すために必要な芸術性、クリエイティビティ、そして言語の専門家としての姿を象徴するためです。
1 ただし、鳥は白くなくてもイーグレトが例外的に使われているケースもありますので、注意が必要です。(その例としてreddish egret (アカクロサギ)は白と茶色の2種類がありまして、どちらでも「reddish egret」と呼びます。)
2 例えば、全米オーデュボン協会の記事によりますと、英語で「great white heron」(グレート・ホワイト・ヘロン)はフロリダ州あたりの全身白色の大青鷺の別種を示す名称です。これは日本に存在しない鳥ですので、混乱を避けるために小鷺や大鷺をまとめて示す場合、「white heron」より英語の一般名称「egret」を使った方が良いでしょう。
Photos by Bob Brewer (Little Egret) & Max Kleinen (Grey Heron) on Unsplash
Woodblock print: Segawa Kikunojo II as the Heron Maiden (from the series Ichimura Theater), 1770. Ippitsusai Bunchō (Japanese, dates unknown). Color woodblock print; The Cleveland Museum of Art (CC0 License)